美容師をすぐ辞めた話③<N実攻略編>

というわけで、わたしはエクステ専門店に就職をしました。都心の店舗で、スタッフは以下の面々。

 

・店長…20代後半。ナヨナヨしていて男の癖にヒステリック。

・N実先輩…店長に次ぐNo.2。歴が長いだけ。店長よりヒステリック。超怖い。仲良しにはぶりっ子。

・Y太先輩…優しい。イケメンらしい。

・S奈先輩…優しい。毒舌。

・A子先輩…思ったことは何でも言う。

 

わたしはコミュ症の内弁慶なので、ひとたびそのコミュニティに慣れてしまえばやかましいお喋りキャラになるのですが、すでにコミュニティが完成されてるグループにひとり放り込まれるのがものすごく苦手で、慣れるまでに時間がかかります。この時もそうでした。ていうか、この人たちが仲よすぎて疎外感が凄かったのと、全員キャラが濃すぎて攻略に時間を要しました。

そして、1番の難関がN実先輩でした。

 

このN実先輩は、すごい尽くし型というか、自分の気に入ってる人相手にはぶりっ子&めっちゃ尽くす人で、例えば誰かが「前コンビニで売ってた◯◯ってお菓子、めっちゃ好きだったのに売らなくなっちゃった」なんて言えば、翌日にはN実先輩が買ってきて、「たまたまうちの近所に売ってたから買ってきたよ♪」みたいな人でした。が、自分が認めてない相手には鬼のような人でした。

入社したばかりのわたしは、当然まだ認められていないので、N実先輩の目の敵にされて毎日怒られていました。

怒り方も、他の人と話す時より3トーンくらい低い声で、「ゆづみそちゃんさぁ…」と始まり、わたしの真ん前にいるのにこちらと目を合わせることもなく、だだだだっとダメ出しをしてきます。内容は、理不尽ではないですが、それには理由があるんだっていうこっちの言い分は、「言い訳はいいから。」と一蹴して一切聞き入れてくれません。

 

N実先輩に言われて1番カチンときたこと、納得できなかったことを発表しますと、わたしは人に嫌われるのがすごく怖いので、新たなコミュニティに属した時、とにかく無礼を働かないようにしようと思っているので、先輩にタメ口とかあり得ないのですが、入社して1週間くらい経った頃でしょうか。N実先輩と2人きりの時に、「ゆづみそちゃんって敬語使えるんだね。いつもタメ口だから心配してたんだけど、安心した」と言われました。

先程も書いたように、そのようなことは絶対あり得ません。ただ、この会社の特徴なのか、先輩後輩店長ヒラ社員とか関係なく、タメ口で和気藹々と話すのが普通らしく、わたし以外のスタッフは歴とか関係なくタメ口で喋っており、ひとり敬語を使うわたしはとても浮いていました。なので、空気を壊さないためにも敬語0はないにしても、程よくタメ口もきいた方がいいのかどうなのかと悩んでいた時だったので(悩んでいただけでまだタメ口きいてません。当方、そんな度胸もないヘタレでございます)、N実先輩のこの発言は「お前馴れ馴れしくタメ口とかきくんじゃねぇぞ」という牽制なのだなと理解しました。

 

とにかく恐ろしいN実先輩。ヘタレでコミュ症なわたしは、N実先輩に近づくと怒られるので、近寄らないことにして、他の優しそうな先輩を先に攻略しようと考えました。結果から言いますと、この攻略法を選んだのは致命的なミスでした。

恐ろしいN実先輩は、新入りのゆづみそが、自分を差し置いて他のスタッフと仲良くするのがお気に召さない様子で、ますます鬼と化してゆきました。美容室内ですれ違った時などに、内容は忘れましたがボソリと嫌がらせを言ってきたりするようになりました。恐ろしい。本当に恐ろしい女です、N実。

 

恐ろしさとつらさのあまり、この美容室ではお昼休憩などに外に出ることすら許されず、美容室奥の狭いバックヤードで朝に買ってきたお昼を搔っ食らうのですが、買ってきたジュースのパックの「製造:◯◯株式会社△△工場」みたいなのを見ながら「この工場にも、わたしみたいに職場に馴染めなくて悩んでる人いるかなぁ…」とか思う毎日でした。N実のせいで半分病んでましたね。

 

とにもかくにも、N実を差し置いて他スタッフと仲良くする作戦は失敗です。これ以上この作戦を続行すれば、N実先輩が憤怒の鬼と化してしまいます。それは何としてもご遠慮願いたいものです。行き詰まり悩んだ末、わたしはついに、N実先輩攻略に着手する決意をしました。

これが無理ならもうこの店辞めてフリーターでもしようと思いました。

しかし、相手は鬼のN実です。下手な手を打つと八つ裂きにされかねません。わたしはN実攻略の糸口を見つけるべく、しばらく出勤中は常にN実と他スタッフの会話を盗み聞きしていました。結果、奴の弱点を見つけました。それは、奴がディズニー大好き芸人ということです。N実はディズニーがとにかく好きで、年パスも持っててひとりでもパークインするほどのディズニー狂。数少ない休日も半分はディズニーで過ごしている様子。休み明けにはディズニーの話ばかりしています。しかし、他スタッフは全くディズニーに興味がない様子。皆「へー」「はーん」「ふーん」という反応です。これです。これしかありません。わたしはディズニーはそこそこ好きで年に2,3回は行っていたので、全く興味のない他スタッフよりは、ディズニーの話に乗れるはず…!!

N実は、大体わたしのことは無視ですが、気分屋なのでごくたまにめちゃくちゃ機嫌の良い時だけ、普段の確執が信じられないくらいのテンションで話しかけてくる時があります。その時がチャンスです。

 

結果から言います。作戦は成功しました。わたしがディズニーに興味あることを知ったN実は、日に日に態度を変えてきました。わたしの知ってるディズニー情報では「あれいいよねー!」と盛り上がり、わたしの知らない情報は、事細かに教えてくれるようになりました。N実が休日にディズニーに行くと、皆にお土産でディズニーのお菓子を分けてくれるのですが、わたしにだけダッフィーのキーホルダーを買って来てくれるまでになりました。

 

他スタッフはそれまで、新人であるわたしと仲良くしてくれようとしていたようですが、そうするとわたしに対するN実の態度がひどくなるため、あえてわたしとあまり関わらないようにしていたのを後で知りました。N実がわたしに心を開いたことで、他スタッフとも仲良くなることができました。

 

N実の中で、確実にわたしの存在は大きくなっていました。営業終了後に2人きりで飲みに誘われることもあったし、2人でショッピングに行くと「お揃いコーデしようよー♪」と言って、わたしの買った服の色違いを買っていました。これはとても嫌でした。

 

入社して約2年、わたしはこの店を辞めることになりますが、その時もみんなでの送別会の他に2人きりで送別会を開いてくれ、わざわざ「ゆづみそちゃん おつかれさま!」というプレートのついたケーキをくれました。しかも泣いてくれました。

「お店辞めても、仲良くしようね。飲み会行ったりディズニー行ったりしようね」と言ってくれました。わたしもうるんだフリをして「うん、うん…」と言いました。

でも、結局退社後1度も彼女と会っていません。だってわたしは忘れていないから。入社直後のストレスフルな日々を。鬼のN実のご機嫌を伺っていたつらい日々を。

当時のスタッフはすでにほとんどが退職していて、今は他の美容室で働いていたりして、たまに髪を切ってもらいに行ったり付き合いありますけどね。

 

なので、わたしはどこへ行っても、新人さんには優しくしようと決めています。嫌な先輩にだけはならないように。N実先輩は、一生わたしの反面教師です。