マツエクモデル

すっごい小さい話なんですが。未だに根に持っている話。

 

美容師を辞めてニートしていた時のこと。

ある日突然、専門学校のクラスメイトのNちゃんから連絡がきた。

専門学校卒業後、Nちゃんは紆余曲折を経て、マツエク屋さんに就職したばかりでマツエクの練習モデルを探しているということだった。

Nちゃんとは正直、別に仲良くも悪くもなく、完全なるただのクラスメイトだったので、そんなNちゃんがわたしにモデルを頼んでくるとは、よほどモデル確保が大変なんだろうなぁと思った。それに同情したのと、マツエク処女で興味があったこと、施術代無料、ニートで暇…ということで、マツエクモデルを引き受けることにした。

 

Nちゃんから指定されたある日の午前11時、わたしはとある都心の街にいた。雑多でどこからともなく下水の臭いの立ち込める、わたしの大嫌いなこの街に、彼女の勤めるマツエクショップがあった。

Nちゃんによると、マツエクの施術は2時間程度で終わるとのことだったので、終わったら実家の母と待ち合わせて遊びに行くことにした。この頃のわたしは、実家を出て当時の彼氏と同棲を始めたばかりだったため、実家恋しく、母と会うのが楽しみだった。何なら、Nちゃんのマツエクよりも、母と会う方がメインと言っても過言ではなかった。

 

11時数分前、わたしはやっと見つけたとある雑居ビルのエレベーターに乗り込んだ。Nちゃんの勤めるマツエクショップの階に着き、エレベーターの扉が開いた。わたしの嫌いな、「エレベーター降りたらもう店内」方式の店で、店の床に降り立った途端、目の前のカウンターにいたお姉さんに「いらっしゃいませー♪」と声をかけられた。

「ご予約のお客様ですか?お名前をお願いします」と言われたので、Nちゃんのモデルだと伝え、名乗った。受付のお姉さんはそれまで営業スマイルをしていたのに、急に能面みたいな無表情になり、「あー…お待ち下さい」と言って店の奥へと消えた。客には営業スマイルするけど、後輩の練習モデルは客じゃないから能面でいいやってことか?随分愛想の悪い店員だ。

しばらくするとNちゃんがやってきたので、わたしは満面の笑みで「あ、久しぶりー!」と言った。対して仲良くない間柄でも、知人に久しぶりに会うというのはテンションが上がるものなんですね。対してNちゃんは、眉間にしわを寄せながら小声で「どうしたのゆづみそ。ゆづみその予約は13時よ」と言ってきた。

え、嘘。時間間違えた…!?確認する暇もなく、店を追い返された。

建物の外に出て、Nちゃんとのモデル予約のやりとりメールを確認したが、Nちゃんからのメールには「それじゃ、◯月◯日の11時によろしくね!」と書いてあった。時間を間違えているのは彼女の方だった。

あと2時間も、この嫌いな街で時間を潰せと…?ていうか、13時から始まって2時間後では、ほぼ夕方だ。母との約束をキャンセルするしかない…。わたしの中では、母と会う方がメインディッシュだと言うのに…。もういっそ、このままマツエクモデルはなしにして帰ってしまおうか、とも思った。しかし、Nちゃんは今の時間もモデルへの施術をしているようだった。連絡がつかない。このまま帰ったらドタキャンクソ野郎になってしまう。それは流石に悪いと思い、母へキャンセルの連絡をして、わたしは近隣のネカフェに篭った。ネカフェなんか来る予定なかったのに、予想外の無駄な出費だ。Nちゃんに請求してやりたいくらいだ。

 

2時間たっぷり無駄な時間を潰し、再度Nちゃんの店へ向かった。受付にはさっきとは違うお姉さんが待ち構えており、やはり最初はニコニコしていたのに、Nちゃんの練習モデルだと伝えると能面になった。「モデルは客にあらず」を信条としている店なのか。はたまた、Nちゃんが店で嫌われていて(うわ、あいつのモデルかよ…丁重に扱うこたぁねーな)とでも思われているのか。いずれにしてもろくでもない店には変わりない。

例え今日は儲け0の練習モデルでも、それで気に入れば今後客として常連になる可能性だってあるのだから、初対面のこの時に愛想を良くしておかずにいつするの?今でしょ!って言ってやりたい。

 

さて、今度は時間も合っていたようで無事に奥の施術室に案内された。最初にマツエクの種類をどれにするか訊かれた(と言っても練習モデルなので、特定の数種類しか選択肢はなかったけど)が、マツエク処女のわたしは何もわからずおまかせにした。

そして2時間後、マツエクは完成した。完成度についてはあまりよく覚えていない。←

ただ、びっくりしたことに、施術中彼女はほぼ喋らなかった。彼女の口から出た言葉と言えば、「目瞑って」を数回言われただけだった。 

たしかに、練習モデルだから営業トークをする必要はない。まだ下っ端だろうし、練習モデルとは言え友人とキャッキャすることは、先輩達の手前やりにくいかも知れない。でも小声で近況くらい聞かね?わたしなら聞きますけどね…。

施術が終わった後も、次の練習モデルがやって来る時間が迫っていたようで、一言二言感謝を述べられて退店させられた。こっちは遠路はるばる、しかもあなたの連絡ミスで2時間無駄にしながらも練習に付き合ったのになぁ…。

その夜、「今日お店で伝えるの忘れちゃったんだけど、マツエクしてる時のクレンジングは、オイルクレンジング以外でやってね♡」とメールが来たが、そんなもんとっくに帰る途中で調べてオイルフリークレンジング買ったわ!

 

で、結局肝心のマツエクは、数日経った頃からチクチク痒くてどうしようもなく、お店でオフしてもらうなんて待ってられないので手でむしり取ったら自まつげも抜けて散々でした。タダでやってもらったし、彼女はまだ見習いの身なので出来栄えをどうこう言うつもりはないけど、施術から1ヶ月程経った頃、Nちゃんからまた連絡が来て「マツエクどー?まだついてる?良かったら無料で量追加できるけど、またモデルお願いできない?」と連絡が来たのにはけっこうイラッとしました。

(あのさ、見習いのマツエクが1ヶ月経っても付いてるわけないでしょ?)

(またあの無愛想揃いの店まで出向けっての?冗談じゃないわ!) と。

 

【結論】

タダより高いものは無い